人は誰でも、一つの組織、一つの業界、一つの事業の中にいると、
いつの間にか、今ある状態を、今の自分たちを「常識」だと思うことになる。
ひと昔前の葬儀業界がそうだった。
未だに亡くなってからではないと見積書もださないところがあるが
事前に価格を明示しない葬儀社が実に多かった。
ドンブリ勘定だった自分たちの都合で線引きしていたのだ。
最近では家族葬を請け負うことも嫌がった。
「家族葬は儲からない」
そんな思いこみで仕事を線引きしていた。
これらの線引きに「顧客」という意識は不在だった。
お客様が求めていること、お客様の役に立つことから離れていた「常識」だった。
当然、そのような葬儀社は市場に選ばれることなく、
ほとんどが衰退、廃業していった。
今、思うことは、かつて葬儀業界で起きた淘汰が
宗教業界、お寺さんの世界で起きていることだ。
相談でとくに増えているのが「お寺とお墓」のこと。
「お布施の金額を知りたいのだが教えてくれない」
「通夜・葬儀をやらないとお墓にいれてもらえない」
ただ違うことは、相談者の先にいるお寺さんが、
消えていった葬儀社のように傲慢不遜であることではでなく、
「まじめ」で「熱心」なお坊さんであることが多い。
しかし宗教儀礼、言うならば仏教の「常識」に固執するあまり、
お客様からしたら不便をかけてしまうこと、
お客様からしたら意味がないことになっているのではないか。
事実、お墓を求めてお寺を選択する人は減っているうえ
人口減少のため全国的に墓じまいは急速に進んでいる。
葬儀社もお寺さんも、お客に求められるように価値のイノベーションをおこし、
質の基準をとにかく上へ上へと目指す努力が求められている。
ユニクロの柳井正は
本物は世界を貫く。本物だけが世界を貫く
と自分たちの常識にとらわれず、
お客様が求めるさらなる高い基準を追求したものだけが
世界(業界)で生き残ることができると言っている。
供養業界全体でパラダイムシストはすでにもう佳境にきている。
常識を打ち破り、高い基準を実現するときだ。