お葬式の時間は、
亡くなった本人がこれまで培ってきた家族や社会との縁を噛み締める時だと思っている。
それが葬儀の価値であり、葬儀を行う理由に一つであると信じている。
特に遺された家族は、今こうして自分が存在しているのも
父(母)や祖父(祖母)がいたから、つまり命のつながりがあったからだと、あらためて認識してほしい。
自分も時々自省するのだが、社会に忙殺されて過ごしていると、自分一人で生きてきたかのように思い上がっていることにハッと気がつくことがある。
自分の命があるのも両親がいたからで、その両親にもそれぞれ両親がいて・・・と遡っていくと
10世代前だと1,024人に達する。
このうち1人でも欠けてしまっていたら自分は存在しなかったわけだ。
古人もそれをよく知っていて親孝行を説いた孝経には有名な一文がある。
身体髪膚これを父母に受く あえて毀傷(きしょう)せざるは孝の始まりなり
 この体は髪や皮膚のたぐいまで、すべて父母から授かったもの。
 それを損ねないように努めるのが、孝行の出発点である・・・
命は長い年月をかけてリレーのようにつながれてきて今に至り、
そしてこれからもずっと伝わっていく。
そう思うと人は謙虚になり、
自然と感謝の念がもたげてくるのではないかと思うのである。

株式会社ヨコカワ 横川英士
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